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嘆記
毒破棄場
コンビニでPHP文庫を立ち読みした

「できない」ではなく、「しない」って言うといいんだって 「今日も何もできなかった」じゃなく、「今日も何もしなかった」あるいは「今日はこれができた」ではなく、「今日はこれをした」でもいいのかな よさそうだな


仕事での2件の大きなやらかしを隠蔽したまま年月日が過ぎている 前の職場を合わせると覚えてるだけで6件か

いまさら正直に言うつもりはない やらかす前に時を巻き戻せたらやらかさないようにするが やらかしたあとに巻き戻っても正直に言わないだろう

小心者で卑怯もの 自分が怒られずに傷つかずに損せずにすむことばかりを考えている自己保身のかたまり そんなやつに限って犯罪が許せない!親がゆるせない!などとほざきやがる


お昼休憩に、スマホでネットニュースを読んでたら、神社の神主のブログがおすすめに出てきて

自分が悪事を働いたときにそれがバレないかどうかを考えるのは最低の人間だ、というお釈迦様の言葉を引用していた

そして、たとえバレずにすんだとしてもそれはあの世に負債として持ち越され、低次元の生物に生まれ変わるんだそうだ

黙ったままだとしても良い行いをすれば相殺されるんだそうだ

それでびびりまくってた 生まれ変わりとか善行で相殺とかバカバカしいと思いつつがくぶるしていた


その後のミーティングで 私と同じことをやらかした人のことが周知されてびびりまくっていた


それから、私よりはるかに仕事もコミュニケーションもできる人が、言われたとおりにやりなさい、仕事遅いよと注意されてた

これが、お荷物としてあきらめられた私と、仲間として認められてる人の差なのだろうと思いがくぶるしていた


私はというと、ひとつの失敗がもうひとつの失敗によって相殺されるという奇妙な偶然を体験した



お釈迦様といえばこんな話もある たしかこんなの

妊娠して男に逃げられ絶望して自殺をはかった若い娘に、お釈迦様がこんな話をした、木製の牛車を曳かされている牛が、もうこんなつらい思いはうんざりだと思い、牛車をぶつけてこわし自由になろうとした そこで牛のご主人様はこわされないように金属製のもっと重い牛車を用意したそうな その話に感銘を受けた娘は自殺をやめて幸せな人生を歩んだという


私はこの話をこう考えている

娘は本当は死にたくない、生きたいはず まだ若く美しく人生の可能性のある娘なのだから そこでお釈迦様は自殺を取りやめさせるための方便としてこんな話をした 娘はお釈迦様の話に感銘を受けた、という自殺をやめる口実を得て、生きることにした

カウンセラーとクライアントは、こういった暗黙の合意、共犯関係によって、「治療を進める」 本当にただただ、それだけなのだ 「治療法」なんてものは、この牛の話と同じ、方便みたいなもので、あってないようなものだ


老いた親を捨てて自殺をしたら、私はどんな下等生物に生まれ変わるんだろうね?

人間だけは本当に勘弁してほしい


教会でざんげでもできたらいいのに キリスト教は男尊女卑なとこが嫌だけど 
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