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嘆記
毒破棄場
自殺する(つもりの)人 どうやらこの人の日記は2016年が最後のようだ・・・ 「女だけど女ってクソだと思う」とかいうクソ名誉のクソ記事がクソミソジニー男どもに大人気のクソはてな

https://anond.hatelabo.jp/20160410041538


しない(つもりの)人

https://ameblo.jp/overalive/entry-11572393595.html


何が明暗を分けたのだろうか 生きるのが明で死ぬのが暗という考えはしないが

点数の差か?アトピーが苦痛と容姿の深刻なコンプレックスというのは結構点数が高いのかもしれないが・・・(皮膚に症状のある人は無意識のレベルで外界との間に軋轢があるそうだ) 毒親もだな アトピーゾンビは恋愛というか母性への飢えが強いのかもしれない・・・私もだがこれは致命傷だと思う しかししないほうの人も、保育園でのトラウマを抱えそれ以来うまくいかなくなったとか、けっこう闇が深いのだ 生い立ちを語るのに親のことを一切語らないところも余計に闇が深いというか・・・

アドラー先生だったら、人のせいにするからいけないんだ!人のせいにするな!っていうくっさい説教を垂れ流すんだろうが

二人のことをリアルで知ってるわけでも文章を熟読したわけでもないのでなんともいえないが

何があって何がないのか わからない 私にはそれほどこの二人の間に違いがあるとは思えないのだ


悩み事にとらわれて暗く(他人に言わせれば視野が狭くだとか後ろ向きだとかに)なってしまうのは、人が共通して持っている、自我というものの働きなんだそうだ

自我は同化するものを必要とし、大きくなりたがる性質がある そして他者から独立して(いるという幻想を抱き)たがる 悩みをことさらに深刻視して抱えたり、自分だけが特別不幸と思いたがるというのもその戦略のひとつなのだそうだ(ただし自我は悪いものではなく本来生きるために必要なものらしい)


しない人のほうは音楽というものをつうじて自我から解放される瞬間があったから(救われた)のだろうか・・・

しかしそういうものに出会えるかというのも運だ する人のほうは自我の働きによって「みにくいアトピーの自分」からいっときも離れられなくなったのではないか おいしいものを食べてもきれいな景色を見ても良い音楽を聴いてもだ わかるような気がする

しかしミュージシャンの自殺もまあよくあるからなあ・・・ ミュージシャンにとって音楽は自我から解放してくれるものじゃないっぽいか・・・


本来生きるために必要な自我というものが人を自殺に追いやるのか

自我はその人個人ではなく人類のためを思っているんだろうか?

だからいつでも、「人に迷惑をかけてばかりで役立たずの醜く間違った悪い恥ずかしいお前は死ね!死ねよ!!」と、ささやいてくるのだろうか・・・・・・
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