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嘆記
毒破棄場
今日も明日の準備のためということでサービス残業をしてしまった

上の強要されるのではなく、横の人の目が気になってやる まさにこれがまなざしに管理される職場だ

もう半年以上、辞めるか辞めないかという問題で悩んできたが、ぐずぐずと決められずにいるうちに辞めるタイムリミットを逃してしまった

3月だ 4月の人事異動に合わせて、新しい人が入ってくる時期に、やめるべきだった

1月2月のうちに辞職の意を直属のリーダーに伝え、新人に引継ぎをするなりして円満にやめるべきだった

もうやめられない どんなに迷惑をかけ続けても


職場のシステムというもの自体に、労働者を苦しめるような構造があるのだと、はっきりと知ってはじめて、自分を省みるという心境に、なれたような気がする

そうだ、仕事はチームワークだ、ひとりで働いてるんじゃないんだ。新人は自分から話しかけ、打ち解けるように努力するべきだ。職場の雑談は必須だ。会話は慣れだ。場数だ。

今まで嫌悪し反発してきたこれらの言葉が、腑に落ちたという気がする

その絶対的な正しさを思い知った


自分はダメだと自虐し、自己憐憫に浸り、悲劇のヒロイン気取りで死にたいなどといい、世界を呪う前に、ただやるべきことをやるべきだったのだ。

なぜ、私が、職場で平然と(罪悪感いっぱいで)保身のために嘘をつき、不正を隠蔽し、職場のルールも同僚のことも人の迷惑も軽視し、自分のことしか考えず、自分は人を助けようとしないくせに助けてもらおうとし、自分が困ったときだけ人に頼り、人のことを道具としか思わず利用することしか考えず、雑談をし打ち解けようともしないで平然と(罪悪感いっぱいで)居座り続けるのかも なんだかわかったような気がする

私が、私を苦しめいじめてくる敵とばかり認識していた他人たちが構成する集団社会というもののなかに、クズとしての自分をあらためて見出し認識したような気持ちだ


私は、私が絶対正しくてお前が間違ってる!!全部お前が悪いんだ!と言われた気になってしまうと、どうしても反発してしまい、素直に正論を受け入れる気にはとてもなれなかったのだ

それも、常識でしょ、当然でしょ、みんな知っててみんなやってる当たり前のことでしょ?暗黙の了解でしょ?わざわざ言葉にするまでもないようなことでしょう?幼稚園児でも知ってることでしょ?なんでそんなところでいまさらつまづいてるの?こうすればいいだけの話でしょ?どうしてみんなと同じようにしないの??という論調で正論のアドバイスをされてしまうと、ただただ悪寒が走るだけなのだ こいつら死ねばいいのに、と思うのだ

だから、たとえさからえない絶対的に上の立場のものだとしても、職場というものにもけっこうな非があるとわかったことで、自分の非も認める気になれたのだと思う


私の母親は、そりゃお母さんも完璧な母親じゃないかもしれないけど、欠点だらけの人間かもしれないけど、お母さんも言い過ぎましたごめんなさい。などなどなどと、私を非難するための前フリ、安全に非難するための盾として、自分の非を認めるふりをしてきやがった

こいつは本当に論外だ

毒親に非があるとしても私は自分の非を認める気にはなれない

つくづく、あのクソ毒親どもに育てられさえしなければ、まともな人に養育されることさえできたならば、人並みに問題なく幸福な人生を歩めたのだ 人に好かれ、打ち解けて

血の呪いなど 育てるものを挿げ替えるだけで全て消し飛ぶのだ

自閉症児や発達障害児など、あらゆる子どもの障害は全て親の心にある悪しき毒が産みだすものだ 封印して善人として生きてる場合はなおたちが悪い より子どもの障害は重度になるだろう 有名な自閉症の作家のドナ・ウィリアムズの親だって、子どもを酷く虐待する親だったんだ 自閉症児の親なんてみんなこんなもんだろう うちの親だってそうだ 母のお仲間の「養護学校のオカアサンタチ」も頭おかしい人ばかりだった

それでも私以外の被害者である「きょうだい児」たちは、みんなそろって普通に学校に行き普通に会社に行き普通に恋愛をして普通に結婚をして普通に子を産み育て幸せに暮らすんだろう


私以外のみんなが人間だ 私だけ人間じゃない


私の人生の、神に与えられた試練としてのテーマは、「ぼっちを克服して人の集団に交わること」 ただこれひとつなのだろうと思う もしもこれが達成されたならば、「もういいよ」といって、事故死か病死をさせてもらえる気がする

今までずうっとそうなのだ 初めてのバイト先で失敗して怒られてばかりでおかしなことばかりして孤立した結果、シフトに入れられないというかたちで自然退職になったこと 派遣バイトの誰でもできるような作業で、指示待ちをしているからもう来なくていいと言われて切られ派遣元にも迷惑をかけたこと 作業靴のサイズが大きすぎるのに黙ってて怒られたこと、人の靴を間違って履いてしまい叱られたこと、チームワークの関係ない短時間で終わる単純作業なのに、なぜか家族的で同調圧力が強くサボった人が強く非難されるような朝の時間帯の人間関係から逃れ夜の時間の仕事に移ったら、私はこの仕事は分担するものと思ってたし今どう考えてもそうなのに、もっと協力してくださいといわれてしまったこと、掃除をしていたらなんで掃除しないの!とほうきを取り上げられその人がそのほうきで私がやってたところと同じ場所を掃きはじめたこと いつも複数人でやってる作業がなぜか私ひとりでやらなければならなくなりやっぱり時間内に終わらず、情けないと思わないの!と怒鳴られたこと 職場の大事な自分は使わない鍵がなぜかコートのポケットに入って持ち帰ってしまい正直に言えずポイ捨てしたこと(これはもう本当にクズすぎるぞ・・・) そんなことばかり自覚的あるいは無自覚にやっていた前の職場でとうとう一人の人の逆鱗に触れ毎日さんざん詰められ人格を非難されるようになりやめたこと

自分が被害者だと、理不尽でわけがわからないと思ってたこと、全部わたしの勘違いで、自分でまいた種だったのだ・・・ そのテーマを乗り越え克服するまで、どこへ行ってもずっと同じ問題が起こるんだ・・・・・・・


でも私は本当に心から反省するということをしたことがない だからまた同じ間違いを繰り返す

今のこのまるで生まれてはじめて反省しているような気分でさえ、しょせんは気分だ それで明日から職場に馴染むために自分から話しかけてコミュニケーションを取り迷惑をかけないために仕事をズルせず集中してしっかりこなし常に正直で誠実でいようとは

ならないのだ


チームからはキツい人が抜けゆるい人が入り、はじめのうちは厳しいことを言ってきた上司の態度も軟化というかひっくり返るほどになり、みんながやさしく、何があったのかわからないが、いくら注意されて反省のそぶりを見せはい、はいとうなずいても結局かたくなに変わろうとせず同じ失敗を何度となく繰り返し仲間と会話せず打ち解けようとしない私の言動態度を見てあきらめの境地に至ったのではないか 私は戦力外のクズのオマケという立場におさまり皆のとことん甘く優しい態度の上にあぐらをかき庇護下に置かれているのだ・・・・・・・

このようなゴリ押しの積み重ねによって、こいつは我々人類の手には負えないという悲しい諦めを持たせてしまったのかもしれない・・・・・・・

みんな信頼しているんだよ(信頼されるような人間になるようにすこしは努力してよね)

長く続けてね、正社員にならないの?やめられたら困っちゃうから(チーム共同体の一員という自覚を持って仕事してよ)

がんばってるねえらいね(共同体の一員と言う自覚を・・・)

これもやってね(やらねーだろうな)

もうやらないでね(やるだろうな)


私の罪悪感とは裏腹に現実の職場の居心地は確実によくなってしまっているのだが・・・みんなに多大な犠牲を支払わせるかたちで・・・ 人事異動によって今までの異分子追放劇がまた始まるかもしれない・・・・・・ みんな内心は私のことを嫌いうっとうしく思っているのだ それが何かのきっかけで爆発してもおかしくはない

そうなってほしいと思う自分がいる それでまた、辞められる、逃げられるのだ また同じことを繰り返してしまうとしても


どうしても良い人になれない 良き職場の仲間になれない こういうのを真面目系クズといっていいのだろうか 私ほどのクズは存在しないだろう・・・


自己肯定感なんて 周りに肯定されるような自分になるように努力しないと手に入らないよ

これだけ図々しく生きてる私は すでに充分持っているのかもしれない

ぼっちを克服し共同体に馴染む 雑談をして馴染む 幼稚園からずっと克服できずに今まで来てしまったテーマがわたしの人生だったんだ

恋愛や結婚や出産や 幸福を手にするなどという高級なテーマは 私のような非人間には最初から持ち得ないものだったのだ

愛じゃない 夢じゃない 希望じゃない 人生じゃない 命じゃない


ただ人並みに迷惑をかけないようになるために努力すること 成長しようとがんばること 人間というものになろうとすること

ピノキオのように


鼻が伸びすぎて誰も折りにこなくなった・・・・・
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