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嘆記
毒破棄場
おさんどん。チュパカブラ。モンゴリアンデスワーム。ジャバ・ザ・ハット。
母と祖母が顔を合わせると、いつもは「家事」って言ってるものを、急に「おさんどん」なんて呼び始めるのです。「旅行に行くとおさんどんしなくて良いのがいいわよね。温泉入りた~い。」って。

私はその「おさんどん」を聞くといつも嫌な気持ちになりました。

女の体というものは臭くて汚いボロ雑巾みたいなもので、バケツいっぱいの真冬の冷たい水にびっしょり浸されて、ぎゅうぎゅう絞られて痛い思いして、おしっことかうんちとか月経血とかゲロとかを拭かされて、また冷たい水に浸されてぎゅうぎゅうされて痛い思いした後洗濯ばさみで挟まれて干されて洗ったのにもう二度ときれいにならない体を冷たい風にさらされて、同じボロ雑巾仲間たちと「あたしたちはやってあげてるんだ。」と言い合わなきゃいけないのかと思うと、母と祖母と同じ形の体を持った自分の将来が嫌に暗鬱なものに思えてきました。そんなおしんとさいごうどんの子どもみたいなのになりたくないと思いました。それでも月経痛は毎月律儀にやってきて、自分の体が血まみれの冷たいボロ雑巾でしかないことをよくよく思い知らせてくれました。

そして子どもながらにおさんどんをしない女にはいつか天罰が下るだろうと思いました。そんな童話もありました。自分が汚れるのを嫌がったばっかりに、未来永劫地獄の苦しみを味わうことになる少女の話。言葉にできない罪と恥の意識が私をますます暗く無口な醜い少女にさせました。

きれいが好きは恥。汚いが嫌いは罪。

かといって母の言うことをよく聞いて「おさんどん」をがんばったりしたら、今頃もっと眉間に深い皴の刻まれた、ばくだんいわを擬人化したような女になっていたでしょうね。母や祖母と同じように。


どうあがいても絶望。


人生は選択の連続というけれど、ときには選びたくない選択もあって。

モンゴリアンデスワームかチュパカブラどっちか選んで結婚しなきゃいけないようなとき。選ばないという選択をすればモンゴリアンデスワームとチュパカブラとジャバ・ザ・ハットの共有玩具にされます。

どちらかましなほうを選んで、好きになれるよう努力して、工夫して。チュパカブラに洋服を着せたり化粧をしたりして。

私にとって人生はいつもチュパカブラかモンゴリアンデスワームかどちらかとの結婚を選択しなければいけないようなものなのです。ときにはじゃなくて、もうベースがそうなんです。すべてがそうなんです。生きることがそうなんです。いつもモンゴリアンデスワームかチュパカブラかどちらかとの結婚を選ばなきゃいけないような人生なんです。

神様閻魔様仏様 どうか死ねば救われると言って
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