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嘆記
毒破棄場
勉強しなさい。片付けなさい。早く寝なさい。お金をつかうのはいけないこと。貧乏なんだから。家事をやりなさい。料理をしなさい。洗濯物を取り込んでたたみなさい。

私ができずに困ってきたこと、やるのが嫌でたまらないことは、全て母親に口うるさく言われたことばかりだ。

母親が口うるさいのなんてふつうのこと。誰もがそう思うだろう。

私がいつも母親の支配欲や懲罰欲の餌食にされ、ただありのままでいることを認められず、「お母さんに恥かかせるな!!お母さんの役に立て!!お母さんの思い通りに考えて行動しろ!!」という監視の目、批判の目、非難の目で支配されてきたこと。羞恥心と罪悪感を植えつけてコントロールされてきたこと。神経症にされたこと。

それは私にしかわからないことだ。私しか知らないことだ。他人には絶対にわかってもらえないことだ。

どうしたら毒母の呪縛から解放されるのか。わからない。片付けをする=毒母に支配される、毒母に行動を乗っ取られる。毒母に心を操られる。毒母の懲罰を受け入れる。操り人形にされる。自尊心を破壊される。独立を脅かされる。こういう強迫観念が脳にこびりついて離れないのだ。勝手に片付けられて泣き叫んで拒否してもやめてもらえなかったこともあった。精神的レイプが日常の家庭だった。

「とにかくやれ、行動しろ!」「工夫をすればいい」「自分をコントロールしろ」こういうありがちなアドバイスが私には効かないのだ。毒母によってつけられた脳の傷が癒えない限り、私はまともに暮らすこともできない。

この無力感。自尊心の深い傷。萎縮した心。もらえなかった愛情。育たなかった心。自信の持てなさ。自己肯定感のなさ。他人には決して見えないしわからない。健常者死ね。健常者死ね。健常者死ね。


もうこんな時間になってしまった。地獄の一週間がはじまってしまう。こわい。こわい。こわい。


どうしたら毒母の呪縛から解放されるのか。

自己暗示?否定形はつかうなっていう。私は自由だ。抽象的すぎるか。他に思いつかん。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。すべてうまくいく。すべてが思い通りだ。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。

もっと具体的なほうがいいのかなあ・・・。


「片付け」って言葉思うだけで、毒母の懲罰感情や支配欲が再生されてしまう。どうしたらいいのか。どうしたら毒母を殺せるのか。

瞑想やれっていわれそう。瞑想も毒母が「良いこと」として薦めてきたのでやりたくない。

自己暗示。私は自由だ。・・・自由になっても途方に暮れる。私は無力。そういう感じがしてしまう。

私はすごい。・・・どこがだよ。ひとつもすごくないだろ。劣ってるだろ。そんな感じがしてしまう。

そんな感じがしてしまってもしつこく続けることが大事って誰かが言ってた。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。私は親の100倍すごい。私は親の一億倍すごい。私はすごい。私はすごい。私はすごい。私は自由だ。私は自由だ。私は自由だ。
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